タッチ以上に音色を変えられるピアノのシフトペダル。
第4回は右足同様に左足のペダリングを解説していこう。
1.グランドピアノの場合
A.シフトペダルの意義
グランドピアノの左ペダルは踏むことによってハンマーが右(一部のメーカーでは左)にスライドすることによって、ハンマーと弦の接点が変わることにより音色を変えることが出来ます。鍵盤がシフトすることから左のペダルをシフトペダルと言います。よくある勘違いなのですが弱音ペダルと呼ばれることもありますがシフトペダルは音を弱くするペダルではありません。弱くすることもできるのであってあくまでシフトペダルの本来の使い方は音色を変えることです。
B.シフトペダルの使い方
ダンパーペダル同様にシフトペダルもonとoffだけのスイッチではありません。
踏み込む量によって効き方が変わってきます。正直ピアノの調整次第で音色が大きく変わるので左の効き方には個体差があります。ダンパーペダル同様使用ピアノの特性を十分に理解することが大事になります。自宅、レッスン、本番と様々なピアノでシフトペダルを使ってみて自身の耳と感覚を研ぎ澄ませることが大事になります。
C.シフトペダルの仕組みと音色
それではシフトペダルの踏み加減と音の変化についてみていこう。
下の図はシフトペダルを踏んだ時のハンマーと弦の関係を表したものです。
まずは基本的な解説
この図は弦が3本張りになっている音域を図にしています。
通常新品のハンマーは平らなのですが使用しているうちに弦に打ち付けられ弦の位置のフェルトが圧縮されていき弦みぞが出来ます。下の図では分かりやすいように大袈裟に弦みぞを書いていますが実際はもっと浅いです。
弦みぞはフェルトが叩かれ圧縮されているので他の面よりフェルトが固くなります。
また楽器の個体差や調整の次第によって踏力と効きの関係は変わってきますので自身の楽器でしっかり試してみてください。
①シフトペダル解放時
弦みぞにしっかり3本とも弦が当たります。普通の状態です。音の輪郭はくっきりしているし、音に厚みがあります。
②シフトペダルを浅く踏んだ時
3本の弦が弦みぞ以外の場所に当たる。音の輪郭が若干ぼけます。3本とも鳴動しているので音の厚みはあまり影響はありません。イメージとしては新品ピアノを弾いた時のような音になります。
③シフトペダルをそれなりに踏んだ時
2本の弦が弦みぞ以外の場所に当たる。音の輪郭がさらにぼけます。2本しか鳴動していないので音の厚みが減りますが打たれていない弦が共鳴するようになるので音に独特の音色が出ます。
④シフトペダルを奥まで踏んだ時
2本の弦が弦みぞに当たる。弦みぞで弦を捉えるので音の輪郭が多少くっきりします。音色は③同様に打たれない弦が共鳴するので音色の変化があります。 この①~④とタッチコントロールを組み合わせることによって多彩な音色を生み出すことができるのです。
2.アップライトピアノの場合
A.シフトペダルの意義
アップライトピアノのシフトペダルは踏むことによってハンマーが弦へ接近します。グランドピアノと違い打弦する弦の数は変わりませんが弦への距離が短くなることによりハンマーの運動エネルギーが減り音量が一段階下がります。さらに重要なのはハンマーの移動距離が減ることによりタッチのコントロール性が上がります。これにより結果的に音色コントロールを容易にします。打弦距離を変えているだけなので基本的にはグランドピアノ程の劇的な音色の変化はありません。一部のピアノメーカー(東洋ピアノのアポロ等)ではアップライトピアノでもグランドピアノ同様のスライド式のシフトペダルを持つ楽器がありますが今回は一般的なアップライトピアノについてお話します。
B.シフトペダルの使い方
グランドピアノと違い踏力の差によるハンマー自体の接地面は変わらないので基本はonかoffのスイッチ的な使い方をします。グランドピアノと違いハンマーの打弦距離だけが変えられるので速いパッセージやトリル、同音連打等アクション性能が必要な部分では音色を気にせず積極的に使うことが出来ます。基本的にアップライトピアノは演奏者のタッチとダンパーペダルによってのみ音色の変化をつけなくてはいけません。
C.シフトペダルの仕組みと音色
左の図はシフトペダルを踏んだ時のハンマーと弦の関係を図式化したものです。
①シフトペダル解放時
普通に弾いている状態です。
②シフトペダル使用時
ハンマーが弦に接近します。横方向への移動は行われないので解放時と同様の弦みぞで打弦するので根本的な音色の変化はありません。打弦距離が短くなるのでハンマーの加速距離が短くなり結果として弱音になります。またハンマーは打弦距離同様に元の待機ポジションへ戻る距離も短くなるのでアクションの連打性が上がり、これにより微妙なタッチコントロールがしやすくなります。
①と②を見て分かる通りアップライトピアノの音色変化は演奏者の指先のコントロールに委ねられています。アップライトピアノのシフトペダルはグランドピアノとは全くの別の機構と思って使わなくてはいけません。しかしシフトペダルを使いこなせばアップライトでもグランドピアノの様な多様な音作りを出来るようになります。
3.シフトペダルの曲中での使い方
a.作曲家自身による指示がある場合
左足ペダルが作曲家によって記譜されている曲は非常に少数派です。よっぽど確固たる信条が無い限りは左足を使ってください。譜例のようにcon soldinoもしくはuna corda(略記号u.c)と表記されているのが一般的です。
ただし注意しないといけないのは左足の使用記号が作曲家自身によるものなのか校訂者による加筆なのかしっかり理解する必要があります。作曲家によるものであるなら守るべきですが校訂者によるものならしっかり吟味して自分の耳で判断をして踏んでください。
b.特に指示の無い場合
世の中の99%がこちらになります。シフトペダルを踏むにあたり前提条件として。
1.どういう音が必要なのか明確なイメージを持つ
2.自分の演奏しているピアノがどういう音の性質を持っているか知る
この2点を押さえている必要があります。はっきり言えばこの2点さえ押さえていればどこでシフトペダルを使うか自然と答えが出てくると思います。
あとシフトペダルは弱音でしか使えないといった幻想は破り捨ててください。f さらには ff でも音色的に必要であれば積極的に使う必要があります。
ただしこれだけでは普段シフトペダルを使わない人にとっては踏むケースが分からず難しいかもしれないので簡単な例を演奏付きでいくつか挙げてみます。
・音の輪郭をぼかしたい場合
・シフトペダルのオンオフによって音に立体感や距離感を出したい場合
・同一旋律の反復などで音色を劇的に変化させたい場合
・チェンバロのレジスターのような効果を狙った場合
シフトペダルを曲中で自然に使えるようになるためには
『自分が欲しい音色』を強くイメージすること。
『どういうタッチで弾いて左右のペダルをどのくらい踏めば』その音色を出せるか
を知ることが大事になってきます。
言い換えれば『自身のイメージ』と『楽器への理解』両方を持たなければ永遠に習得することはできません。
4.シフトペダルの練習方法
これに関しては積極的に使うようにする以外の方法で左足ペダルを上達させる方法はありません。今練習中の曲で積極的に踏んでください。左足の使用に関してはアップライトもグランドも関係なく使うのが良いです。習うより慣れた方が圧倒的に上手くいきます。
自分の耳で判断して必要だと思えば踏んでください、『先生に言われたから踏みます』という受け身の姿勢ではいつまでたっても左ペダルは上達しません。
ピアノのペダルは理屈で踏んではいけません、自身の耳で瞬時に判断し無意識的に足が動くレベルになって始めて音楽的な使用が可能になります。
しかし音色を作るにはペダルだけでなくタッチの習得も必須になります。両方の技術が揃って初めてピアノ本来の音色を引き出すことが出来ます。
第3回と今回でピアノの神髄であるペダリングを解説してきました。何度も言いますが『ペダリング』はピアノ演奏にとって指と同等かそれ以上に重要なテクニックです。
『耳で聴いて足が勝手に動く』を目指して習得に励んでください。
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