【ピアノ演奏温故知新】第11回ベンノ・モイセイヴィチ

【ピアノ演奏温故知新】では過去の偉大なるピアニストとその奇跡的なピアノ演奏を数多くご紹介していきます。

第11回はラフマニノフが自身の正統な後継者と認めた『ベンノ・モイセイヴィチ』をご紹介します。



ベンノ・モイセイヴィチ(1890~1963)

モイセイヴィチ

略歴

1890年ウクライナのオデッサに生まれる。

7歳の時にオデッサ音楽アカデミでディミトリ・クリモフに師事。

9歳の時にシューマンを弾き音楽院でルビンシテイン賞を受賞。

1905年にイギリスのロンドンに移住。地元のギルドホール・スクールにあまりに演奏が上手すぎるという理由で入学を拒否されてしまう。同年ウィーンに行きカール・チェルニーの直弟子で当時高名だったピアノ教師テオドール・レシェティツキの下で学ぶ。

1908年レディングでデビューする。

1909年にロンドンでデビュー。

1919年ニューヨークでデビュー。このころからラフマニノフとの親交が始まる。

1937年英国市民となる。

第二次世界大戦中、軍の野営地や工場などで800回を超すコンサートを行う。終戦後に長い期間練習のために演奏活動を休止する。

1946年に大英帝国3等勲爵士に叙さられる。

1947年に14年ぶりにニューヨークに戻り演奏活動を本格的に復帰する。

1963年ロンドンにて亡くなる。(享年73歳)

貴重なモイセイヴィチの動画

シューマン:幻想小曲集より 『なぜに』『気まぐれ』『夢のもつれ』

(使用ピアノはスタインウェイ)

演奏スタイル

モイセイヴィチの演奏は品が良く無駄なものが一切ない端正なもので非常に作品を美しく聴かせることが出来ます。音が多い複雑な作品でも全く重くならずに文字通り軽々と弾きこなしてしまい曲の難しさが前面に出てくることが一切ありません。それはラフマニノフのピアノ作品でも見られ作曲家本人が認めた自分の作品の正統な解釈者としての説得力があります。そこに聴かれるラフマニノフは今日聴かれるような重厚で曲の難しさが前面に出たものでなくどこまでも爽やかで品の良い音楽が聴かれ、まるでラフマニノフの自作自演を思い起こさせるようなものです。

レパートリーは非常に広くショパン、シューマン、ラフマニノフを中心に古典派から同時代の作曲家までありとあらゆる曲を録音に遺しています。

作曲家に認められたラフマニノフ

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番

同時代の人物による評価

セルゲイ・ラフマニノフ(作曲家、ピアニスト、指揮者)

『モイセイヴィチは私の協奏曲第2番を私より優れて演奏した。』


ヨーゼフ・ホフマン(ピアニスト)

ロマン派の伝統を受け継いだ、天性のピアニストだ。


1961年7月19日のコンサートのニューヨークタイムズ紙による批評

演奏は間違いなく超絶的であったが、それは英雄的というよりは、詩的で思慮深いものであったと言うべきであろう。

モイセイヴィチの味わい深いショパン

ショパン:ノクターン 第18番 作品62-2

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